帰 神   


大本の開祖となる 出口なお は
明治二十五年旧正月元旦に五十七歳を迎えた。

その日の夜、なおは突然かぐわしい香りにつつまれ
不思議な夢幻の世界へ誘われていった。

たとえようもなく 荘厳美麗 な宮殿に なおはたたずみ
また、その神々しい麗域を歩くうち 尊貴な神々と出会う。

そんな神夢が毎夜続き、神霊の世界へと導かれていった。
それは、帰神にさきだつ前兆のようなものであった。

五日の夜更け、新暦でいうちょうど節分の日に
なおの子で十二歳の りょう と、十歳の すみ は
凍てつくような寒い夜空の下に
母が 井戸端で、一心に水をかぶっているところを見た。

なおは、立ちすくんでいる子らを見ると
いつもの 鈴をふるうような美しくやわらかい声で

「 はやく寝るように 」
とうながした。

出口なおの帰神は、この夜から始まったのである。

帰神の状態になると、
なおは自分の体が ひじょうに重くなり
力が満ちてくるように感じたのであった。

なおの前額は温かくなり、姿勢が正しくなる。
やがて、体がやや反り加減に ゆるゆると振動しはじめる。

あごは引き締まり、眼は輝いてくる感じであった。
そして腹の底から威厳に満ちた大きな声が出始めた。
その声は、 なおの意識しないものであり
声を出すまいと歯を固くくいしばっても
押さえる事が出来なかった。

しかも、その声は男の声である。


いっときの帰神がおわると、なおは
しばらく魂がすっかり脱け出してしまったような
名状しがたい疲労を覚えた。


この帰神は、昼夜をとわず断続しておこり
十三日間は そのはげしさに食事もとれず、
眠ることも ままならなかったという。


なおは、突如として自分にかかった神について
思いなやみ ふり払おうとしたが、
それもかなわないと分かると
あとは、かかってきた神に直接談判するしかない。

なおは その不思議な対象にむかって、
こう問い質している。


「 おん身はなに者でありますかな。
こと細かに名のって下されよ 」


その問いに対し、
かぐわしい霊気とともに下腹の底の方から重々しい
しかも 玉のようなものが昇ってきた。


「 このほうは艮(うしとら)の金神 であるぞよ 」


やはり男の声である。
玉は胸のあたりでふるえ、
呼吸が止まるほど 強い衝動がおこるとともに
唇の周辺が自然に動きだす。

同時に太い、しかし うつくしく妙なる声が
なおの耳に響くのである。

なおの不安はつのる。


「 この身体から ひきとってもらいたい 」


とうったえる。
その願いが聞こえたのか聞こえないのか、神は


「 このほう、これより 汝の身を守るぞよ 」


と、なおを励ましにかかった。

神の方は、もはや待ったなしの感じであった。
そして、神の声は力強く大声で語りだした。


「…天理、金光、黒住、妙霊、先走り、
とどめに艮の金神が現れて世の立替えを致すぞよ。
世の立替えのあるという事は、
どの神柱にも判りて居れども、
どうしたら立替えが出来るという事は判りて居らんぞよ。
九分九厘までは知らしてあるが、
モウ一厘の肝心の事は判りて居らんぞよ…  」 

 

さらにこうも呼ぶ。



「 水晶魂をよりぬいて霊魂(みたま)のあらため致すぞよ。
ぜったいぜつめいの世になりたぞよ。
世界のものよ改心をいたされよ。 世がかわるぞよ… 」